つれづれ帳

もそもそとしたあれこれ

「好き」の話の続き

 前回のすぎやまこういちの話と繋がるのだけど、敬意や憧れ、崇拝が混ざり合った「好き」という感情は、なにかあってもなかなか消えるものではない。

 吉村由美の『麒麟館グラフティ』というマンガは、DVと女性の自立、支え合いという横軸のもと、「好き」という感情の複雑さを描いている傑作と思う。

 主人公は二人、夫から長い間モラルハラスメントという形でDVを受け続けた菊子と、菊子の夫である秀次の本性を知らずに長く恋をしていて、菊子をたまたま匿ったことから彼女と親友となる妙。そこに菊子に恋をする北大生美棹が絡むことになる。

 秀次は読んでいて腹が立つを通り越して嫌悪感を憶えるほどのモラハラ夫で、最後には実の母すら「菊子さんには悪いことをした」と謝るほどだ。彼は人を支配し見下し利用するのが当たり前で、外面だけは良いタイプだ。妙は、その外面に惚れた。

 そして途中、美棹が妙になぜあんな男にいまだ惚れているのか、と尋ねたとき彼女は逆に聞き返すのだ。じゃあ、あなたは菊子が実は悪い人だったとして、すぐに嫌いになれる? と。

 好きになるというのは半端な感情じゃない、シンプルに白黒が付くものでもない。幻滅してもなおチャンスを与えたり、両面を抱え込もうとしたり、あるいは人格を切り捨てて表象として遠くで見守るように愛することもある。本当にしょうもない駄目な人だよね、と擁護するのを辞めても、なお好きだという気持ちは否定しない人もいる(私はこの場合が多いと思う)。もっと多いのは見て見ぬ振りをしたりそこは不問にして特別扱いすることだろうけど、これは個人的に欺瞞でしかない気がする。そうやって蓋をして、なにかが良くなったことはあまりなので。

 だから、すぎやまこういちが亡くなったとき、多くのドラクエファンが大好きなすぎやんと追悼するのみなのは、「好き」である限り仕方ない。だって相手がどんな人間であろうが親しい感情を持って好きなのだ、それが人生を彩れば彩るほど「裏切られた」と白黒をひっくり返すことは難しい。だからこそ他人による評伝によって記録するのが大事になる。記憶と記録のどちらも蔑ろにしてはいけない。ましてや芸能人やアーティストとは個人との付き合いでなく才能や表象との付き合いなので、いっそう割り切れなくなるだろうなと思う。

 

 ASKAツイッターを辞める予定と聞いたあるチャゲアスファンの人が「ほっとした」とツイートしてるのを見たり、いつしか陰謀論に染まったらしい平沢進をファンが「でも平沢だし」と開き直るように擁護したり(外から見てそれは危険だと思うよ私は…)、ファンとして「好き」という感情は、個人を好きという感情と違うからこそややこしい。

 表象を消費する”わたし”にとって、好きはすべての免罪符になるし、人として見て受け止めて擁護もしないが受容してなお「好き」という、というのは摩擦が生まれてあまり心地よくもない。だから出来れば表象には清廉潔白であってほしい、そのためには表象を「きれい」に保つよう情報を取捨選択したくもなる。

 そんな心の動きの中、いかに割り切らずに、なお「好き」を自分で肯定するのか。「推す」は無責任な心の動き、と論評したのはユリイカの「女オタクの現在」だが、無責任な「推す」から一歩踏み出すのが、擁護をしないで「好き」という動きなのかもしれない。

 

 

 …というのを、岡田育さんのこのツイートを読んで考えたりした。

 

 (付け足すなら、私はいまここまでウツにも木根さんにも甘くなれないというか、三人共にこれくらい厳しいことを思う程度にファン歴を重ねたので、岡田さんウツに甘いよなあ大好きなんだろうなあとも思った)(ツイートだとHの橋本麻里さんが昔一言「Childhood's endから好きなんだ」とだけ呟いた強さが好きです)(どちらも「推す」の無責任さから一歩でた好きの力を感じた)

 

 

 ところで上で触れた『麒麟館グラフティ』は、人は過ちを犯すしなかなか学習しないし何度も繰り返すし盲目にもなる、が、でも人は成長して先に行ける、という優しい結末が待っているので、DVの厳しさを知る意味でも、好きの複雑さも見えるので、古いマンガだけどよろしければ。

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